只管打坐の如く

秋も深まって参りました。

松茸が例年になく豊作との事ですが、とんと見かけません。

夕方5時過ぎには暗くなり、暗くなると空腹を覚えます。

夏場に比べると夕餉の時刻が早まります。

空腹を満たすと、秋の夜長いろいろ思考が沸き立ち、閃きが広がります。


そう、ただひたすらに聴く、聴き尽くすことができれば、と思います。

型や義術も技法も無く、ただただ聴き尽くす。



禅の只管打坐の様に・・・


■只管打坐(しかんたざ)
【ただひたすらに坐禅を実践せよの意味。意識を捨てて無意識下において坐禅する、
坐禅そのものになりきることを意味する。
いま坐禅している自分がいる、という自覚すら忘れてしまうほどに、
坐禅という行為そのものに没頭する。】 wikipedia より

「只管尽聴」になるのでしょうか。


聴くを突き詰めて極めると、どんな境地になるのかと常々思っています。


まだ、コーチングを知ってほんの10年。仕事にして8年。


これからも、これからも、聴くという行為に没頭する。没頭し続ける・・・。


静かに全感覚を開放して、ご依頼人の話を尽聴する。


口を付く言葉は、相手の言動に触発された最小限の反応。


感覚をその刹那に委ね緩めていく・・・。


どんな境地でしょうか・・・。何を掴むのか・・・・。皆目わかっていません。


秋の夜長、いろんなことを思い巡らします。



(余談ですが、「ひたすら」を変換すると「只管」とでました。嬉しい発見w)



次回は11/1です。
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by 4uall | 2010-10-25 01:17 | コーチ雑話
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